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2011年10月 アーカイブ

"ポルシェが欲しい!"

「ソビエトは工業技術をマスターするすべを学ばなくてはならない。


それは国家再建の現在、あらゆるものを決定するからだ・・・


我々は100年も遅れている。


だが西欧の水準に10年で追いつかなければならない。


それが達成できないとき、それは我国の破滅を意味している・・・」


スターリンがポルシェに求めているのは(このとき両者が会見したかどうか記録は伝えていません)、まさに遅れた技術水準をいっきょに引き上げるため原動力として、最高のブレーンとして働いてもらうことでした。


当時はマツダ 中古車なんてない時代です。


ポルシェは人気のでるような自動車ばかりでなく、技術のあらゆる面に通暁していました。


そしてスターリンをも含めて、2つの大戦のはざまの時代、独裁者はもとより国家の指導者たちは、テクノロジーを不可能を可能としてくれる"魔法の杖"と考えたがったのです。


スターリンとしてはポルシェその人が欲しかったのです。


その強烈なパーソナリティと傑出した技術力が欲しかったのです。

当時の乗用車工業

ポルシェがもしその申し出を受諾すれば、直ちに"ソ連邦国家設計家"の称号が与えられ、何か一つの仕事をするたびに彼の望みのままの報酬(白紙の小切手帳が与えられる予定だった)を受けとれることになっていました。


火の車のポルシェ設計事務所としては、ソビエトからの提案はまさにのどから手が出るくらい、願ってもない好条件でした。


・・・しかしポルシェは冷静に状況判断を行いました。


たしかにソビエトの工場建設は急ピッチで進められていましたが、かんじんの自動車工業は当時全く幼稚な段階にありました。


彼の腕を振う余地はなかったのです。


そのころ乗用車工業は、一国の総合的な工業力の指標として重要な意味をもつようになっていました。


しかしソビエトも当時の日本と同じく、軍事技術に過大に傾斜した産業構造をとっていましたが(航空機、軍艦、戦車、火砲が中心)、近代的工業国家としてのバランスのとれた成熟度は低かったのです。


もちろん中古車の数も少なかったのです。

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