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2011年08月 アーカイブ

ポルシェ博士のはなし

1920年代の自動車も、前記のオリンピックの標語どおり「より速く、より(性能が)高く、より(エンジンなどが)力強く」あることが追求されました。


そのための自動車技術の進歩発展に大きな力を発揮した1人が、フェルディナント・ポルシェ博士です。


19212年にダイムラー社に技術担当重役として入社したポルシェは様々な業績を残しましたが州中でもスーパーチャージャー(過給機)つきのスポーツ・タイプ、Sシリーズの開発(20年代後半)は傑出しています。


また倒立V12型航空エンジンの設計も注目すべき業績で、後にDB600型として完成します(1937年)。


しかし中古車情報でも人気の高いダイムラー・ベンツ(DB。1926年両社は合併する)社でのポルシェの立場は、必らずしも安定したものではなかったのです。


彼の歯に衣着せない発言も最大の原因だったでしょうが、元来DB社には超一流の技術者が掃いて捨てるほどいました。


優秀な技術者は当然のことながら、いつの場合も極端な個人主義者です。


そうした一癖もニ癖もある人物の集団を統率して行くことは容易なことではありません。

ポルシェのソビエト紀行

中古車検索サイトなどでも根強い人気を誇っている高級車ポルシェ。


そのポルシェに政治力や巧みな外交術を求めるのはどだい無理というものでした。


DB社の取締役会は技術者同士のきしみを心配して、ポルシェを体のよい棚上げ状態に置こうとしましたが、彼自身はおめおめとそこに留まるつもりはなかったのです。


オーストリアのシュタイア社に一時移籍した後、独立してシュツットガルトにポルシェ設計事務所を発足させたのが1930年12月1日のことでした。


ポルシェの名声のため、設計の依頼は絶えなかったのですが、経営は"火の車"の状態が続きました。


そして1932年のはじめのある日、シュツットガルト市クロネン街14番地の彼の設計事務所に、正体不明の男から電話がかかってきました。


強いロシア誰りのドイツ語で、ぜひともポルシェ博士に会いたいといいます。


明らかにソビエトの技術者で、話してみると自動車界のことにもかなり詳しいです。

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