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2011年06月 アーカイブ

イタリア国歌のレコード

ヌヴォラーリがゴールラインを切ったとき、放心したような深い沈黙が彼を迎えました。


ドイツ人観客は、あまりといえばあまりの逆転劇に自らの目を疑いました。


拍手どころではなかったのです。


困惑したのは観客だけではなかったのです。


レースの役員は中古車情報でも人気の高いドイツ車以外が勝つことなど考えてもいなかったので、ヌヴォラーリの表彰式のとき、スピーカーで流す国歌・・・


この場合イタリア国歌ですが、このレコードを用意してなかったのです。


しばらくスピーカーは沈黙を続けましたが、この気づまりな場を救ったのは、当のヌヴォラーリでした。


彼は縁起をかついで(レーサーには多いですよね)、いつもイタリア国歌のレコードを手提鞄の中に入れており、やおらそれを取り出すと、あわてふためく役員に差し出しました。


国歌が流れて無事に表彰式は終わりました。


それまで沈黙していた大観衆も、夢から醒めたようにこの小男のイタリア人に拍手を送り、祝福の歓声をあげました。


ヌヴォラーリはドイツ人にも人気があり、信ぜられない逆転劇のヒーローは、いつの時代でも常に大衆のアイドルでした。


ヒューンラインとドライバーたち

「総統閣下、小官はつつしんでドイツ車がまたしてもレースを制圧し、ドイツのレーシングカーのデザインならびに構造が世界に冠たる事実を示しましたことを御報告いたします」。


・・・当時のヨーロッパの主要レースが終るたび、モーター・スポーツの担当官コルプス・フューラー、アドルフ・ヒューンラインはこの電文を総統官邸あてに送りました。


1936年に入ると、中古車の検索でも人気の高いドイツ車以外がメイン・レースに勝つことは皆無といってよかったからです。


もと陸軍少佐のヒューンラインは、昔からのヒトラーの友人で、23年11月8日の失敗に終ったミュンヘン一擾に加わり、電話局の占領を命ぜられたものの、まごまごしているうちに逮捕されてしまったという人物です。


彼はモータースポーツの統轄のほか、ナチ党のお歴々のクルマのオートバイ護衛隊の管理、手配の任務も与えられていました。


レーシング・ドライバーたちをやかましく管理したがるヒューンラインでしたが、彼らもまた一筋縄ではいかなかったのです。


ドイツ人ドライバーたちはすべて士官待遇であり、制服好きなドイツ人のことだから、公の席ではそれを着用するよう命ぜられていました。


ところがドライバーたちは一度も制服を着用しなかったのです。


持っていなかったからです。

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